国際機構・地域統合史は、戦争をくり返さないために国家どうしがどんな「しくみ」をつくってきたかを追うテーマです。19世紀の赤十字に始まり、国際連盟、国際連合、そしてヨーロッパ統合へと、協力の器は形を変えてきました。
入試では、国際連盟と国際連合のしくみの違いがとくによく問われます。議決の方法、制裁の手段、大国の参加の3点は、正誤でも論述でも定番です。略称が続くヨーロッパ統合や、冷戦期の東西の組織も、年号と組み合わせで出題されます。
この記事では、19世紀から2002年(アフリカ連合の発足とユーロの現金の流通開始)までを、「機構のしくみ」「加盟と脱退」「地域統合」の軸で整理します。講和条約や首脳会談は条約・国際会議史の記事に任せます。

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| この記事で分かること | 該当する節 |
|---|---|
| 19世紀から2002年までの国際機構と地域統合の流れ | まず全体像 |
| 国際連盟・国際連合ができた理由と、そのしくみ | 時代ごとに詳しく見る |
| 連盟と国連、ECとEFTAの違い | 比べて覚える |
| 年号・加盟国・略称で誤りやすい点 | 入試で狙われるポイント |
| 論述で使える要点と用語 | 論述で使える要点 |
まず全体像:国際機構と地域統合の流れを一枚でつかむ
国際機構の歴史は、3本の流れに分けると見通しがよくなります。1本目は平和を守る機構で、国際連盟から国際連合へと受け継がれました。2本目は経済の機構で、ブレトン・ウッズ会議からGATT、WTOへと続きます。3本目は地域ごとのまとまりで、ヨーロッパ統合や冷戦期の軍事同盟、アジア・アフリカの地域協力がこれにあたります。
下の年表では、各流れの転換点を並べました。どの機構がどの戦争のあとに生まれたかを意識して読んでください。


| 時期 | 年 | できごと | ポイント |
|---|---|---|---|
| 19世紀 | 1864年 | ジュネーヴ条約(赤十字条約) | 戦場の傷病者を敵味方なく救う |
| 19世紀 | 1874年 | 一般郵便連合の設立 | のちの万国郵便連合 |
| 19世紀末 | 1899年 | 第1回ハーグ平和会議 | 常設仲裁裁判所の設置を決める |
| 大戦間期 | 1920年 | 国際連盟の発足 | 本部はジュネーヴ。アメリカは加わらず |
| 第二次世界大戦中 | 1941年 | 大西洋憲章 | 戦後の平和機構の構想を示す |
| 第二次世界大戦中 | 1944年 | ブレトン・ウッズ会議、ダンバートン=オークス会議 | IMF・世界銀行の設立決定と、国連憲章の原案 |
| 戦後 | 1945年 | 国際連合の発足 | 原加盟国51か国、本部はニューヨーク |
| 冷戦 | 1949年 | NATO・コメコンの結成 | 東西の対立が組織の形になる |
| 冷戦 | 1952年 | ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC) | ヨーロッパ統合の出発点 |
| 冷戦 | 1958年 | EEC・EURATOMの発足 | 1957年のローマ条約による |
| 冷戦 | 1967年 | ヨーロッパ共同体(EC)、ASEAN | 3つの共同体がECにまとまる |
| 冷戦後 | 1993年 | ヨーロッパ連合(EU) | マーストリヒト条約の発効 |
| 冷戦後 | 1995年 | 世界貿易機関(WTO) | GATTを発展させた機関 |
| 冷戦後 | 2002年 | アフリカ連合(AU)、ユーロの現金の流通 | この記事の終点 |
時代ごとに詳しく見る
ここからは時代ごとに、機構が生まれた理由とその後を見ていきます。「各国が主権を保ったまま、どこまで協力できるか」という問いへの答え方の違いに注目すると、連盟・国連・EUの性格の差がつかみやすくなります。
前史:19世紀の国際協調と国際機関の始まり
ナポレオン戦争のあとのウィーン体制は、大国どうしの同盟と勢力均衡で秩序を保つしくみでした(内容は条約・国際会議史の記事で扱います)。一方、常設の国際機関は人道や郵便の分野から生まれました。スイスのデュナンは、1859年のイタリア統一戦争で、ソルフェリーノの戦場で多くの負傷兵が苦しむ惨状を目にしました。その体験を本で訴えたことから、1863年に救護の国際組織がつくられ、翌1864年にジュネーヴ条約(赤十字条約)が結ばれます。また1874年には、スイスのベルンで開かれた会議で一般郵便連合が設立され、1878年に万国郵便連合と名前を改めました。
平和そのものを議題にした会議も開かれます。ロシア皇帝ニコライ2世の提唱で、1899年と1907年にオランダのハーグで平和会議が開かれました。軍備の縮小では合意できませんでしたが、第1回の会議で結ばれた国際紛争平和的処理条約にもとづき、1901年にハーグに常設仲裁裁判所が置かれました。
| 年 | 組織・会議 | 分野 | のちへのつながり |
|---|---|---|---|
| 1864年 | ジュネーヴ条約(赤十字条約) | 戦時の傷病者の救護 | 各国に赤十字社が生まれる |
| 1874年 | 一般郵便連合(1878年に万国郵便連合) | 国際郵便 | 1947年に国連の専門機関となる |
| 1899年・1907年 | ハーグ平和会議 | 紛争の平和的解決・戦争のルール | 常設仲裁裁判所(1901年) |
国際連盟の成立としくみ
第一次世界大戦の惨禍は、平和のための常設の機構を求める声を高めました。アメリカ大統領ウィルソンは1918年1月に十四か条を発表し、その最後の項目で国際的な平和機構の創設を求めました。パリ講和会議ではこの構想をもとに国際連盟規約がつくられ、ヴェルサイユ条約の第1編に組みこまれました。


こうして1920年1月、国際連盟がスイスのジュネーヴを本部として発足しました。原加盟国は42か国で、総会・理事会・事務局が主な機関です。理事会の常任理事国は、イギリス・フランス・イタリア・日本の4か国でした。また、ヴェルサイユ条約にもとづいて1919年に国際労働機関(ILO)が設けられ、1921年には連盟規約にもとづいてハーグに常設国際司法裁判所が置かれました。
| 項目 | 国際連盟のしくみ |
|---|---|
| 本部 | ジュネーヴ(スイス) |
| 主な機関 | 総会・理事会・事務局 |
| 常任理事国 | 発足時はイギリス・フランス・イタリア・日本。のちドイツとソ連が加わる |
| 議決 | 総会・理事会とも全会一致が原則 |
| 制裁 | 規約違反の国への経済制裁が中心 |
| 関係の深い機関 | 国際労働機関(1919年)、常設国際司法裁判所(1921年) |
ところが、提唱国のアメリカは議会(上院)の反対で加盟せず、ソ連も初めは連盟の外に置かれました。大国が欠けたまま出発したことは、連盟の大きな弱点になります。
国際連盟の限界:脱退と侵略への対応
1925年のロカルノ条約はドイツの連盟加盟を発効の条件としており、ドイツは1926年に常任理事国として加盟しました。
しかし1930年代になると、連盟は大国の侵略を止められなくなります。1931年の満洲事変の処理に失敗し、日本は1933年に連盟を脱退しました。同じ1933年にはドイツも脱退します。1935年にイタリアがエチオピアに侵攻すると、連盟は経済制裁を加えましたが、制裁は徹底せず、侵略を止められませんでした。イタリアも1937年に脱退します。


| 年 | 国 | できごと | 背景 |
|---|---|---|---|
| 1926年 | ドイツ | 加盟(常任理事国) | ロカルノ条約の発効の条件 |
| 1933年 | 日本 | 脱退 | 満洲事変をめぐる対立 |
| 1933年 | ドイツ | 脱退 | 日本と同じ年 |
| 1934年 | ソ連 | 加盟 | 初めは連盟の外に置かれていた |
| 1937年 | イタリア | 脱退 | エチオピア侵攻と経済制裁 |
| 1939年 | ソ連 | 除名 | フィンランドへの侵攻 |
全会一致の原則に加え、制裁の規定も不十分だったため、連盟は大国の武力行使をおさえられませんでした。第二次世界大戦が始まると活動を止め、1946年4月の総会で解散を決めます。この反省が国際連合の設計に生かされました。
国際連合の成立:大西洋憲章からサンフランシスコ会議まで
第二次世界大戦のさなかの1941年8月、アメリカ大統領フランクリン=ローズヴェルトとイギリス首相チャーチルは大西洋上で会談し、大西洋憲章を発表しました。領土の不拡大や民族自決など8か条からなり、戦後の安全保障のしくみの構想も含んでいました。
1944年8月から10月にかけて、ワシントン郊外のダンバートン=オークスで、アメリカ・イギリス・ソ連・中国の代表が話し合い、国際連合憲章の原案をつくりました。ただし、安全保障理事会での拒否権の扱いはここでは決まらず、1945年2月のヤルタ会談で米英ソの首脳が大国の拒否権について合意しました。


1945年4月から6月にかけて、サンフランシスコ会議に連合国50か国の代表が集まり、6月26日に国際連合憲章を採択しました。憲章は10月24日に発効し、国際連合が原加盟国51か国で発足しました。本部はニューヨークに置かれました。


| 年月 | 会議・宣言 | 参加国 | 決まったこと |
|---|---|---|---|
| 1941年8月 | 大西洋憲章 | 米・英 | 戦後の世界秩序の原則 |
| 1944年8〜10月 | ダンバートン=オークス会議 | 米・英・ソ・中 | 国際連合憲章の原案 |
| 1945年2月 | ヤルタ会談 | 米・英・ソ | 大国の拒否権などで合意 |
| 1945年4〜6月 | サンフランシスコ会議 | 連合国50か国 | 国際連合憲章の採択 |
国際連合のしくみと冷戦下の活動
国際連合は連盟の弱点をおぎなうように設計されました。総会では各国が1票をもち、多数決で議決します。平和と安全については安全保障理事会が主な責任を負い、軍事的な措置を含む強い手段もとれることになりました。
安全保障理事会の常任理事国は、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連・中国の5か国です。手続き以外の重要な事項は、常任理事国のうち1か国でも反対すれば決まりません。これが拒否権です。冷戦が始まると拒否権がたびたび使われ、安全保障理事会はしばしば動けなくなりました。
1950年に朝鮮戦争が始まると、安全保障理事会は、ソ連の代表が欠席しているあいだに北朝鮮を非難する決議を採択し、アメリカ軍を中心とする国連軍が組織されました。ソ連は、中国の代表権をめぐって安全保障理事会をボイコットしていたのです。
強い措置がとりにくいなか、1956年のスエズ戦争(スエズ動乱)で派遣された国連緊急軍は、停戦の監視などにあたる平和維持活動(PKO)の先例になりました。人権の面では、1948年12月の総会で、すべての国と人々が達成すべき共通の基準として世界人権宣言が採択されました。
| 年 | できごと | ポイント |
|---|---|---|
| 1948年 | 世界人権宣言の採択 | 第3回総会(パリ)。法的な拘束力はない |
| 1948年 | 世界保健機関(WHO)の発足 | 国連の専門機関。本部はジュネーヴ |
| 1950年 | 朝鮮戦争で国連軍 | ソ連の代表が欠席するなかで安全保障理事会が決議 |
| 1956年 | 国連緊急軍の派遣 | スエズ戦争。平和維持活動の先例 |
| 1971年 | 中国の代表権の交代 | 代表権が中華民国政府から中華人民共和国政府へ |
加盟国も変わりました。1960年代以降、植民地から独立したアジア・アフリカの国々が次々に加盟し、戦勝国中心だった国連は、世界のほとんどの国が集まる場になっていきました。
経済の国際機構:ブレトン・ウッズ体制とGATT
1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで連合国の会議が開かれ、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(世界銀行)の設立が決まりました。ここで生まれた国際通貨のしくみをブレトン・ウッズ体制といいます。金と交換できるドルを中心に、各国の通貨をドルと固定した比率で結ぶ固定相場制が柱でした。
貿易の面では、1947年にジュネーヴで23か国がGATT(関税と貿易に関する一般協定)に調印し、翌1948年に発効しました。関税や輸入の制限を減らし、自由で差別のない貿易をめざす協定です。
| 年 | 機構・協定 | 役割 |
|---|---|---|
| 1944年 | ブレトン・ウッズ会議 | IMFと国際復興開発銀行の設立を決める |
| 1947年 | GATTの調印(1948年発効) | 関税を下げ、貿易の自由化を進める |
| 1971年 | ドルと金の交換停止 | ブレトン・ウッズ体制がゆらぐ(ドル・ショック) |
| 1995年 | 世界貿易機関(WTO) | ウルグアイ・ラウンドの合意を受け、GATTを発展させる |
1971年8月にニクソン大統領がドルと金の交換停止を発表すると、ブレトン・ウッズ体制は柱を失いました。一方、協定にすぎなかったGATTは、ウルグアイ・ラウンドの合意を受けて、1995年1月に正式な国際機関のWTOへと発展しました。
冷戦期の軍事同盟と経済協力の組織
米ソの対立が深まると、両陣営はそれぞれ軍事同盟と経済協力の組織をつくりました。アメリカは1947年6月にヨーロッパの経済復興を援助するマーシャル・プランを発表し、1949年には西ヨーロッパ諸国とアメリカ・カナダの12か国で北大西洋条約機構(NATO)を結成しました。
ソ連は1949年1月に東ヨーロッパ諸国と経済相互援助会議(コメコン)をつくり、西側に対抗しました。1955年に西ドイツがNATOに加盟すると、同じ年にソ連と東ヨーロッパの7か国はワルシャワ条約機構を結成します。


| 分野・地域 | 西側 | 東側 |
|---|---|---|
| ヨーロッパの軍事同盟 | 北大西洋条約機構(NATO、1949年)。西ドイツは1955年に加盟 | ワルシャワ条約機構(1955年) |
| 経済 | マーシャル・プラン(1947年に発表) | 経済相互援助会議(コメコン、1949年) |
| 太平洋 | 太平洋安全保障条約(ANZUS、1951年) | ― |
| 東南アジア | 東南アジア条約機構(SEATO、1954年) | ― |
| 中東 | バグダード条約機構(METO、1955年)。1959年にイラクが脱退し中央条約機構(CENTO)へ | ― |
東側のコメコンとワルシャワ条約機構は、東ヨーロッパの体制の転換を受けて、ともに1991年に解体しました。
ヨーロッパ統合:ECSCからEUまで
西ヨーロッパの経済統合の先がけは、ベルギー・オランダ・ルクセンブルクの3国が1944年に結んだ協定にもとづき、1948年に発足したベネルクス関税同盟です。
1950年5月、フランス外相シューマンは、フランスと西ドイツの石炭と鉄鋼を共通の機関のもとで管理する案(シューマン・プラン)を発表しました。両国の伝統的な対立を解消するねらいがありました。この案にもとづき、フランス・西ドイツ・イタリア・ベネルクス3国の6か国が、1952年にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)を発足させました。


ECSCの成功に勢いを得た6か国は、1957年にローマ条約を結び、翌1958年にヨーロッパ経済共同体(EEC)とヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)を発足させました。1967年には3つの共同体の機関がまとめられ、ヨーロッパ共同体(EC)が生まれました。
EECに加わらなかったイギリスは、1960年にデンマーク・ノルウェー・スウェーデン・スイス・オーストリア・ポルトガルとヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)をつくって対抗しました。しかしイギリスとデンマークはのちにEFTAを離れ、1973年にアイルランドとともにECに加盟します(拡大EC)。


| 年 | 組織・条約 | 加盟国 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 1948年 | ベネルクス関税同盟 | ベルギー・オランダ・ルクセンブルク | 協定は1944年 |
| 1952年 | ECSC | 6か国 | シューマン・プラン(1950年)から |
| 1958年 | EEC・EURATOM | 6か国 | 1957年のローマ条約による |
| 1967年 | EC | 6か国 | 3つの共同体の機関を統合 |
| 1973年 | 拡大EC | 9か国 | イギリス・アイルランド・デンマークが加盟 |
| 1986年 | EC | 12か国 | 1981年にギリシア、1986年にスペイン・ポルトガルが加盟 |
| 1993年 | EU | ECの加盟国 | マーストリヒト条約(1992年調印)の発効 |
1991年12月のEC首脳会議では、政治の面でも統合を進めるマーストリヒト条約が合意されました。条約は1992年2月に調印され、1993年11月の発効でヨーロッパ連合(EU)が発足します。共通通貨ユーロは1999年1月に現金を使わない取引に導入され、2002年1月に紙幣と硬貨の流通が始まりました。
アジア・アフリカ・アメリカの地域協力
ヨーロッパ以外でも、地域ごとの協力の組織が生まれました。1961年には、ユーゴスラヴィアのベオグラードで第1回の非同盟諸国首脳会議も開かれています。
| 年 | 組織 | 原加盟国・中心となった国 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 1948年 | 米州機構(OAS) | アメリカ合衆国とラテンアメリカ諸国 | ボゴタでの会議で設立 |
| 1960年 | 石油輸出国機構(OPEC) | サウジアラビア・イラン・イラク・クウェート・ベネズエラ | 国際石油資本の価格の引き下げに対抗 |
| 1963年 | アフリカ統一機構(OAU) | アフリカの独立国 | アディスアベバで結成。2002年にアフリカ連合(AU)へ |
| 1967年 | 東南アジア諸国連合(ASEAN) | インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ | 1999年のカンボジア加盟で10か国に |
| 1989年 | アジア太平洋経済協力(APEC) | 環太平洋の国々 | 経済協力の枠組み |
| 1994年 | 北米自由貿易協定(NAFTA)の発効 | アメリカ・カナダ・メキシコ | 1992年に調印 |
アフリカ統一機構は、アフリカ諸国の統一と連帯、植民地主義の一掃をめざしました。ASEANは経済・社会・文化の協力から出発し、のちに政治や安全保障にも協力を広げます。各地域の歩みは地域別の縦断史の記事で扱っています。
比べて覚える
この分野で最も大切な比較は、国際連盟と国際連合です。国連は連盟の失敗をふまえてつくられたので、「連盟の弱点」と「国連での改善」を対にして覚えると、論述にもそのまま使えます。


| 項目 | 国際連盟 | 国際連合 |
|---|---|---|
| 発足 | 1920年 | 1945年 |
| 本部 | ジュネーヴ | ニューヨーク |
| もとになった構想 | ウィルソンの十四か条 | 大西洋憲章、ダンバートン=オークス会議の原案 |
| 大国の参加 | アメリカは加わらず、ソ連は1934年に加盟 | 米・英・仏・ソ・中が常任理事国として参加 |
| 議決 | 全会一致が原則 | 多数決。安全保障理事会では常任理事国が拒否権をもつ |
| 制裁 | 経済制裁が中心 | 軍事的な措置もとれる |
ヨーロッパでは、統合の深さが違う2つのまとまりが並び立ちました。ECは域外に共通の関税をかける関税同盟、EFTAは結びつきのゆるやかな自由貿易の連合です。
| 項目 | EEC・EC | EFTA |
|---|---|---|
| 発足 | EECは1958年、ECは1967年 | 1960年 |
| 中心となった国 | フランス・西ドイツなど6か国 | イギリスなど7か国 |
| しくみ | 関税同盟(域外に共通の関税) | 自由貿易地域(域外の関税は各国が決める) |
| その後 | 1973年に拡大EC、1993年にEUへ | イギリスとデンマークが離れ、ECに加盟 |
入試で狙われるポイント
正誤問題では、年号や国の組み合わせを少しずらした選択肢がよく出されます。左の列の記述を見たら、右の列の正しい内容をすぐに思い出せるようにしておきましょう。
| 誤りやすい記述 | 正しい内容 |
|---|---|
| 国際連盟の提唱国アメリカは、常任理事国として参加した | アメリカは議会(上院)の反対で加盟しなかった |
| 国際連盟の議決は多数決が原則だった | 全会一致が原則。多数決を原則としたのは国際連合 |
| ソ連は国際連盟の原加盟国だった | 1934年に加盟し、1939年にフィンランド侵攻で除名された |
| 国際連合憲章はダンバートン=オークス会議で採択された | そこで作られたのは原案。採択は1945年のサンフランシスコ会議 |
| 朝鮮戦争の国連軍は、ソ連も賛成した決議で組織された | ソ連の代表が欠席しているあいだに決議された |
| EFTAはECに対抗してフランスが中心となってつくった | EECに対抗してイギリスが中心となってつくった |
| EUは1967年に発足した | 1967年はEC。EUは1993年、マーストリヒト条約の発効による |
| ワルシャワ条約機構はNATOと同じ1949年に結成された | 1949年はNATOとコメコン。ワルシャワ条約機構は1955年 |
論述で使える要点
論述では、機構の名前を並べるだけでなく、「前の機構の何が問題で、次の機構でどう変えたか」を説明することが求められます。よく問われる2つのテーマについて、要点の例を示します。
例1「国際連盟と国際連合の違い」(150字程度):国際連盟はウィルソンの提唱で1920年に発足したが、アメリカが加わらず、総会・理事会の議決は全会一致が原則で、制裁も経済制裁が中心だった。そのため日本・ドイツ・イタリアの侵略を止められなかった。国際連合は多数決を原則とし、大国を常任理事国として迎え、安全保障理事会に軍事的な措置を含む権限を与えた。
例2「ヨーロッパ統合の歩み」(130字程度):独仏の対立の解消をめざすシューマン・プランから、1952年に6か国でECSCが発足した。1958年にはローマ条約によりEECとEURATOMが生まれ、1967年にECにまとまった。イギリスはEFTAで対抗したが1973年にECに加盟し、1993年にはマーストリヒト条約の発効でEUが発足した。
| テーマ | 入れるべき用語 |
|---|---|
| 国際連盟の成立と限界 | 十四か条、ヴェルサイユ条約、ジュネーヴ、全会一致、アメリカの不参加、満洲事変、エチオピア侵攻、経済制裁 |
| 国際連合の成立としくみ | 大西洋憲章、ダンバートン=オークス会議、ヤルタ会談、サンフランシスコ会議、安全保障理事会、拒否権、多数決 |
| 冷戦と国際機構 | NATO、ワルシャワ条約機構、コメコン、朝鮮戦争の国連軍、平和維持活動 |
| ヨーロッパ統合 | シューマン・プラン、ECSC、ローマ条約、EEC、EC、EFTA、拡大EC、マーストリヒト条約、EU、ユーロ |
確認問題
本文に出てきた用語を、一問一答で確かめましょう。迷った問題は、該当する節の表に戻って確認してください。
- 1イタリア統一戦争での負傷兵の惨状を訴え、赤十字の創設のきっかけをつくったスイス人は?1864年にジュネーヴ条約が結ばれた
- 21899年と1907年に、ロシア皇帝ニコライ2世の提唱でハーグで開かれた会議は?1901年に常設仲裁裁判所が置かれた
- 31918年1月にウィルソンが発表し、国際的な平和機構の創設を求めた講和原則は?連盟規約はヴェルサイユ条約の第1編
- 4国際連盟の本部が置かれたスイスの都市は?国際連合の本部はニューヨーク
- 5国際連盟の総会・理事会で原則とされた議決の方法は?国際連合は多数決を原則とした
- 6ドイツが国際連盟に加盟した年は?ロカルノ条約が加盟を発効の条件としていた
- 71939年にフィンランドへ侵攻して国際連盟を除名された国は?1934年に加盟していた
- 81941年8月にローズヴェルトとチャーチルが発表し、国連憲章のもとになった宣言は?領土の不拡大など8か条からなる
- 91944年に国際連合憲章の原案がつくられた会議は?拒否権はヤルタ会談で合意された
- 101945年6月に国際連合憲章を採択した会議は?国際連合は原加盟国51か国で発足した
- 11安全保障理事会で、常任理事国が1か国でも反対すれば重要事項が決まらない権限を何という?冷戦期に安全保障理事会が動きにくくなった
- 121944年の会議で設立が決まった、国際通貨の安定にあたる機関は?国際復興開発銀行も同時に決まった
- 131949年に西ヨーロッパ諸国とアメリカ・カナダが結成した軍事同盟は?東側は1955年にワルシャワ条約機構を結成した
- 141950年にフランスと西ドイツの石炭・鉄鋼の共同管理を提案したフランス外相は?1952年にECSCが6か国で発足した
- 15EECに対抗して、1960年にイギリスが中心となってつくった組織は?イギリスは1973年にECに加盟した
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。
ほかの時代の用語も確かめたいときは、世界史一問一答で地域や時代を混ぜて解いてみてください。
世界史 国際機構・地域統合史の内容をまとめて復習できる解説つきの問題集(PDF・全19問)を用意しました。下のファイルをダウンロードして、印刷して使ってください。
テーマ史の勉強の進め方
国際機構の話は、通史では両大戦と冷戦の各章にばらばらに出てきます。機構だけを抜き出して並べ直すと、「大戦の反省から機構をつくり、その弱点を次の機構で直す」という一本の流れとして頭に残ります。
| 段階 | やること | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 通史で、両大戦と冷戦の章を一度学ぶ | 近現代史が一周したあと |
| 2 | 年表を見ながら、機構の名前・年・本部を声に出して確認する | 1回10〜15分 |
| 3 | 連盟と国連の比較表を隠し、白紙に再現する | 書けなかった欄に印をつける |
| 4 | ヨーロッパ統合の略称を、年号つきで順に書き出す | 数日おいて繰り返す |
国際機構の成り立ちは、講和条約や国際会議、人権の考え方の広がりとも深くつながっています。関連するテーマ史とあわせて読むと、近現代の国際関係の全体像がつかみやすくなります。
通史とテーマ史をどの順番で進めればいいか、独学で間に合うかの判定方法は、世界史は独学で間に合う?で詳しく解説しています。論述の添削を頼める家庭教師やオンライン塾の選び方もまとめています。
関連するテーマ史・時代別の記事
国際機構は、それを生んだ条約や会議、各地域の歩みと切り離せません。あわせて読みたい記事です。
| 記事 | この記事とのつながり |
|---|---|
| 世界史のテーマ史:条約・国際会議史 | ヴェルサイユ条約・ロカルノ条約・ヤルタ会談など、機構が生まれた背景の条約と会議 |
| 世界史のテーマ史:奴隷制と人権の歴史 | 世界人権宣言と人権の考え方の広がり |
| 世界史のテーマ史:感染症の歴史 | 世界保健機関などの国際的な取り組み |
| 世界史のテーマ史:地域別の縦断史(東アジア周辺・内陸アジア編) | ASEANを結成した東南アジアの歩み |
| 世界史のテーマ史:地域別の縦断史(アフリカ・ラテンアメリカ編) | アフリカ統一機構を結成したアフリカの歩み |
| 第一次世界大戦 | 時代別の記事 |
| 第二次世界大戦 | 時代別の記事 |
ほかのテーマも、世界史のテーマ史の一覧でまとめて確認できます。
まとめ
国際機構は、19世紀の赤十字や郵便の協力から、国際連盟、国際連合へと発展しました。冷戦期には東西の組織が並び立ち、西ヨーロッパでは石炭と鉄鋼の共同管理に始まる統合がEUへと深まりました。どの段階でも、前の時代の失敗や対立が次のしくみを生んでいます。
| 段階 | 中心となる機構 | 次の段階へのつながり |
|---|---|---|
| 19世紀の協調 | 赤十字、万国郵便連合、ハーグ平和会議 | 大戦を防げず、平和のための常設機構が求められた |
| 大戦間期 | 国際連盟 | 大国の不参加・脱退と制裁の弱さを、国連で改めた |
| 第二次世界大戦後 | 国際連合、IMF・世界銀行、GATT | 冷戦で拒否権が多用され、平和維持活動などが生まれた |
| 冷戦期の地域統合 | NATO・ワルシャワ条約機構、ECSC・EEC・EC | 冷戦の終わりとともに東側の組織は解体し、ECはEUへ |
年表で3本の流れをつかみ、連盟と国連の比較表で違いを確かめ、論述の要点を自分の言葉で書いてみてください。機構の名前と年号、「なぜ生まれたか」をセットで言えれば、この分野は得点源になります。








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