奈良時代の一問一答を72問、出やすさ順にまとめました。答えはタップすると開きます。○△×で自己採点でき、できなかった問題だけをもう一度解き直せます。
奈良時代は、律令制度が始まり、そして崩れていく時代です。「制度がどう作られ、なぜ守れなくなったか」という流れで読むと、細かい用語も頭に入ります。

主な勉強場所はどこ?
奈良時代の流れ【3つの局面】

| 局面 | 年代 | できごと | 意味 |
|---|---|---|---|
| ①律令制の確立 | 710〜720年代 | 平城京遷都/班田収授/租庸調 | 国が土地と人民を直接支配する |
| ②公地公民の崩壊 | 723〜743年 | 三世一身法/墾田永年私財法 | 私有地(荘園)が認められる |
| ③政治の混乱 | 740〜770年代 | 藤原広嗣の乱/恵美押勝の乱/道鏡 | 貴族の争いが続き、平安遷都へ |
最大の転換点は墾田永年私財法(743年)です。公地公民の原則が崩れ、貴族や寺社が私有地を広げていきます。ここが後の荘園制につながります。
奈良時代の一問一答【Sランク・24問】
- 1710年、元明天皇が遷都した都は?唐の長安を手本にした
- 2平城京の手本となった、唐の都は?
- 3律令のうち、刑罰を定めたものを何というか?
- 4律令のうち、行政の仕組みを定めたものを何というか?
- 5律令国家の中央行政機関である、二官八省の二官とは?
- 66年ごとに作成され、班田収授の基礎となった帳簿は?
- 76歳以上の男女に与えられた土地を何というか?死ぬと国に返す(班田収授)
- 8口分田に課された、収穫の約3%を納める税は?
- 9都で働くか、布を納める税を何というか?
- 10地方の特産物を納める税を何というか?
- 11北九州の防衛にあたった兵役を何というか?
- 12723年、開墾した土地を三代まで私有できるとした法は?期限つきのため効果は限定的
- 13743年、開墾地の永久私有を認めた法は?公地公民が崩れる転換点
- 14墾田永年私財法によって広まった、貴族や寺社の私有地は?
- 15聖武天皇が仏教の力で国を守ろうとした考えを何というか?疫病と反乱への対応
- 16741年、聖武天皇が各国に建てさせた寺は?
- 17752年に開眼供養が行われた、東大寺の仏像は?国家事業として造立
- 18大仏造立に協力し、民衆に慕われた僧は?
- 19唐から渡来し、正しい戒律を伝えた僧は?6度目の渡航で来日。失明していた
- 20奈良時代の文化を何というか?唐と仏教の影響が強い
- 21720年に完成した、日本初の正式な歴史書は?
- 22712年に完成した、稗田阿礼が語った歴史書は?
- 23現存最古の和歌集は?天皇から農民まで幅広い歌を収録
- 24東大寺にある、聖武天皇の遺品を納めた倉は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。

奈良時代の一問一答【Aランク・24問】
- 1平城京の中央を南北に走る大通りは?
- 2奈良時代、都と地方を結ぶために整備された道は?
- 3和同開珎の流通を促すために出された法は?
- 4708年に鋳造された、有名な貨幣は?
- 5律令制で、地方は国・郡・里に分けられたが、国の長官は?
- 6郡の役人には、地方の有力者が任命されたが、これを何というか?
- 7九州に置かれた、外交と防衛を担う役所は?
- 8都で年に一定期間労働する義務を何というか?
- 9国司のもとで年60日以内働く労役を何というか?
- 10春に稲を貸し付け、秋に利息をとって返させる制度は?
- 11重い負担から逃れるため、農民が本籍地を離れることを?
- 12戸籍を偽り、負担を軽くしようとすることを何というか?
- 13聖武天皇の妻で、貧しい人を救う施設を作った皇后は?
- 14光明皇后が設けた、病人を治療する施設は?
- 15奈良時代に4度も遷都が行われた背景にある政治的混乱は?
- 16740年に九州で反乱を起こした人物は?
- 17764年に反乱を起こし、敗れた人物は?
- 18称徳天皇に重用され、皇位をうかがった僧は?
- 19道鏡の即位を阻止したとされる事件は?
- 20各国の地理・産物・伝承をまとめさせた書物は?
- 21漢詩集として編まれた、現存最古のものは?
- 22万葉集で用いられた、漢字で日本語を表す方法は?
- 23鑑真が開いた、唐の様式を伝える寺院は?
- 24正倉院に見られる、三角形の木材を組んだ建築方式は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。
奈良時代の一問一答【Bランク・24問】
- 1平城京の東側に張り出した部分を何というか?
- 2律令制のもと、貴族の子は自動的に位階を得たが、この制度は?
- 3五位以上の貴族に与えられた田は?
- 4官職に応じて与えられた田は?
- 5調・庸を都まで運ぶ農民の負担を何というか?
- 6律令制の身分のうち、良民に対する被支配身分は?
- 7賤民の五つの区分を何と総称するか?
- 8奈良時代に東北地方に置かれた、蝦夷対策の拠点は?
- 9712年に東北地方に置かれた国は?
- 10聖武天皇が恭仁京・難波宮などへ遷都した時期の混乱の一因は?
- 11737年に流行し、藤原四子が相次いで死去した疫病は?
- 12長屋王が自殺に追い込まれた事件は?
- 13東大寺の大仏造立の詔が出されたのは何年か?
- 14遣唐使に随行し、唐で高官となった人物は?
- 15阿倍仲麻呂が唐で仕えた皇帝は?
- 16万葉集に多くの歌を残した、歌聖と呼ばれる歌人は?
- 17万葉集の編纂に関わったとされる人物は?
- 18貧しい農民の暮らしを詠んだ、山上憶良の作品は?
- 19天平文化の彫刻で、粘土で作る技法を何というか?
- 20麻布を漆で固めて作る彫刻の技法は?
- 21興福寺にある、乾漆像の代表作は?
- 22東大寺法華堂の本尊で、塑像の代表作は?
- 23正倉院に伝わる、五本の弦をもつ楽器は?
- 24784年、桓武天皇が平城京から遷した都は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。
奈良時代のポイント
律令制度:国が土地と人民を直接支配する
大宝律令によって完成した仕組みが、実際に動き出したのが奈良時代です。
基本の考え方は公地公民、つまり土地も人民も国のものだという原則です。ここから次の仕組みが導かれます。
| 仕組み | 内容 |
|---|---|
| 戸籍 | 6年ごとに作成。誰がどこに何人いるかを把握する |
| 班田収授 | 6歳以上の男女に口分田を与え、死ぬと国に返させる |
| 租庸調 | 口分田から税を取り、労役も課す |
租庸調:何をどれだけ納めたか

税の種類は必ず問われます。誰が納めるかまで覚えてください。
| 税 | 内容 | 納める人 |
|---|---|---|
| 租 | 収穫の約3%の稲 | 口分田を与えられた男女 |
| 庸 | 都で10日働くか、布を納める | 成人男子 |
| 調 | 地方の特産物 | 成人男子 |
| 雑徭 | 国司のもとで年60日以内の労役 | 成人男子 |
| 兵役 | 兵士・衛士・防人 | 成人男子 |
租だけが男女に課され、それ以外は成人男子のみです。ここが区別のポイントになります。
公地公民の崩壊:なぜ私有を認めたのか

人口が増えると、与える口分田が足りなくなります。そこで国は開墾を促しました。
| 年 | 法 | 内容 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 723年 | 三世一身法 | 開墾地を三代まで私有できる | 期限があるため開墾が進まない |
| 743年 | 墾田永年私財法 | 開墾地を永久に私有できる | 開墾は進むが、公地公民が崩れる |
資力のある貴族や大寺院が農民を使って大規模に開墾し、私有地を広げました。これが荘園の始まりです。
「口分田が不足→開墾を奨励→私有地が広がる→公地公民の崩壊」という流れは、記述で頻出です。
聖武天皇と仏教:なぜ大仏を作ったのか
聖武天皇の時代、政治は安定していませんでした。
| できごと | 年 |
|---|---|
| 長屋王の変 | 729年 |
| 天然痘の流行(藤原四子が死去) | 737年 |
| 藤原広嗣の乱 | 740年 |
相次ぐ災いに対し、聖武天皇は仏教の力で国を守ろう(鎮護国家)と考えました。その具体策が国分寺・国分尼寺の建立と、大仏の造立です。
大仏造立には行基が協力し、民衆を動員しました。行基はもともと朝廷から弾圧されていましたが、その影響力を利用するため登用されています。
天平文化:唐と仏教の影響
遣唐使がもたらした唐の文化と、仏教が結びついた文化です。国際色が豊かなのが特徴になります。
| 分野 | 作品・書物 |
|---|---|
| 歴史書 | 古事記(712年)/日本書紀(720年) |
| 地誌 | 風土記 |
| 和歌 | 万葉集 |
| 漢詩 | 懐風藻 |
| 建築 | 正倉院(校倉造)/唐招提寺 |
| 彫刻 | 阿修羅像(乾漆像)/不空羂索観音像(塑像) |
正倉院の宝物にはペルシアやインドの品もあります。シルクロードを通じて唐に集まった品が、日本まで届いていた証拠です。
間違えやすいところ
| まぎらわしい組み合わせ | 区別のしかた |
|---|---|
| 古事記/日本書紀 | 古事記712年・国内向け、日本書紀720年・対外向けの正史 |
| 三世一身法/墾田永年私財法 | 三代まで/永久。723年と743年 |
| 租/庸/調 | 租=稲、庸=労役か布、調=特産物 |
| 庸/雑徭 | 庸は都で10日、雑徭は国司のもとで60日以内 |
| 国司/郡司 | 国司は中央から派遣、郡司は地方の有力者 |
| 塑像/乾漆像 | 塑像は粘土、乾漆像は麻布と漆 |
| 行基/鑑真 | 行基は大仏造立に協力、鑑真は戒律を伝えた |
| 平城京/平安京 | 710年・奈良/794年・京都 |
「庸」と「雑徭」は特に混同されます。庸は中央への負担、雑徭は地方での負担と覚えてください。
覚え方のコツ

制度は「なぜそうしたか」で覚える
用語を丸暗記するより、目的を理解するほうが定着します。
| 制度 | なぜ作ったか |
|---|---|
| 戸籍 | 誰から税を取るか把握するため |
| 班田収授 | 土地を国のものとして管理するため |
| 三世一身法 | 口分田が足りず、開墾を促すため |
| 墾田永年私財法 | 三世一身法では開墾が進まなかったため |
| 国分寺・大仏 | 災いを仏の力で鎮めるため |
年号は4つだけ覚える
奈良時代で必ず覚えるべき年号は、次の4つです。
| 年 | できごと | 語呂 |
|---|---|---|
| 710年 | 平城京遷都 | なんと(710)大きな平城京 |
| 723年 | 三世一身法 | なにさ(723)三代まで |
| 743年 | 墾田永年私財法 | なじみ(743)の私財法 |
| 794年 | 平安京遷都 | なくよ(794)うぐいす平安京 |
他の年号は、この4つとの前後関係で判断できます。すべての年号を覚える必要はありません。
人物は「何をした人か」を一言で
| 人物 | 一言でいうと |
|---|---|
| 聖武天皇 | 大仏を作った天皇 |
| 光明皇后 | 聖武天皇の妻。施薬院を作った |
| 行基 | 大仏造立に協力した僧 |
| 鑑真 | 唐から戒律を伝えた僧 |
| 道鏡 | 皇位をうかがった僧 |
| 藤原仲麻呂 | 権力を握ったが反乱を起こして敗れた |
腕試し:ランダム10問
ここまでの内容が身についたか確認してください。順番をシャッフルし、1問ずつ表示します。スワイプでも進められます。
- 1律令制で、地方は国・郡・里に分けられたが、国の長官は?
- 2戸籍を偽り、負担を軽くしようとすることを何というか?
- 3郡の役人には、地方の有力者が任命されたが、これを何というか?
- 4正倉院に見られる、三角形の木材を組んだ建築方式は?
- 5国司のもとで年60日以内働く労役を何というか?
- 6光明皇后が設けた、病人を治療する施設は?
- 7743年、開墾地の永久私有を認めた法は?
- 8723年、開墾した土地を三代まで私有できるとした法は?
- 9各国の地理・産物・伝承をまとめさせた書物は?
- 10九州に置かれた、外交と防衛を担う役所は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。
×が3問以上あった場合は、Sランクに戻ってもう一度確認してください。間違えた問題を放置しないことが、日本史でいちばん効きます。
よくある質問
奈良時代は何年から何年までですか
710年の平城京遷都から、794年の平安京遷都までです。約80年間になります。
ただし784年に長岡京へ遷都しているため、平城京にあったのは74年間です。入試では「710年〜794年」で問題ありません。
なぜ何度も都を移したのですか
聖武天皇の時代、天然痘の流行や貴族の反乱が続きました。災いから逃れるために、恭仁京・難波宮・紫香楽宮などへ移っています。
結局は平城京に戻りますが、この混乱が大仏造立の背景にもなっています。
墾田永年私財法はなぜ重要なのですか
公地公民の原則が崩れたからです。それまで「土地はすべて国のもの」だったのが、私有を認めることになりました。
結果として貴族や大寺院が土地を集め、後の荘園制につながります。奈良時代で最も重要な法と考えてください。
古事記と日本書紀の違いは何ですか
| 古事記 | 日本書紀 | |
|---|---|---|
| 成立 | 712年 | 720年 |
| 表記 | 漢字で日本語を表す | 漢文 |
| 目的 | 国内向け。天皇家の由来 | 対外向け。国家の正史 |
| 関係者 | 稗田阿礼・太安万侶 | 舎人親王 |
「古事記が先、日本書紀が後」と、成立順で覚えると混同しません。
農民の負担はどれくらい重かったのですか
租は収穫の約3%と軽いのですが、問題は労役と兵役でした。
雑徭で年60日働き、防人になれば3年間九州へ行かねばなりません。調・庸を都まで運ぶ運脚の負担も重く、耐えかねて逃亡する農民が相次ぎました。
戸籍を偽る偽籍も広がり、律令制が機能しなくなっていきます。
どこまで覚えればいいですか
| 目標 | 必要な範囲 |
|---|---|
| 共通テスト | Sランク24問 |
| 私大・国公立二次 | S+Aランク48問 |
| 難関大 | 全72問 |
次はどの時代を勉強すべきですか
次は平安時代です。桓武天皇が平安京へ移し、律令制の立て直しを図るところから始まります。
奈良時代に崩れた公地公民が、平安時代にどう変わっていくか。荘園がどう広がるかを意識して読むと、流れがつながります。



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