第一次世界大戦と戦間期の一問一答を96問、出やすさ順にまとめました。答えはタップすると開きます。○△×で自己採点でき、できなかった問題だけをもう一度解き直せます。
この時代は「戦争を防ぐ試みが、なぜ失敗したのか」という問いで読めます。国際連盟も軍縮も条約も、次の戦争を止められませんでした。その理由を追ってください。

主な勉強場所はどこ?
戦間期の流れ【4つの局面】
| 局面 | 年代 | できごと | 国際関係 |
|---|---|---|---|
| ①大戦と革命 | 1914〜1918年 | 第一次世界大戦/ロシア革命 | 総力戦で疲弊 |
| ②秩序の構築 | 1919〜1928年 | ヴェルサイユ条約/国際連盟/ワシントン会議/不戦条約 | 協調の努力が続く |
| ③恐慌と動揺 | 1929〜1933年 | 世界恐慌/ブロック経済/ファシズムの台頭 | 協調が崩れ始める |
| ④再軍備と侵略 | 1933〜1939年 | ドイツの再軍備/ミュンヘン会談/独ソ不可侵条約 | 秩序が崩壊 |
第一次世界大戦と戦間期の一問一答【Sランク・32問】
- 11914年に始まった、世界規模の戦争は?約1000万人が犠牲に
- 2第一次世界大戦のきっかけとなった1914年の事件は?
- 3ドイツ・オーストリア・イタリアが結んだ同盟は?
- 4イギリス・フランス・ロシアが結んだ協力関係は?
- 5バルカン半島が対立の火種となったことから何と呼ばれたか?
- 6第一次世界大戦で、国の資源を総動員した体制を何というか?社会のあり方を変えた
- 7第一次世界大戦で初めて用いられた兵器を挙げよ
- 81917年、ロシアで帝政が倒れた革命は?世界初の社会主義国へ
- 9ロシア革命を指導した人物は?
- 101922年に成立した、世界初の社会主義国は?
- 111917年、アメリカが参戦した理由の一つは?
- 12第一次世界大戦の講和条約は?ドイツへの制裁が厳しかった
- 13ヴェルサイユ条約でドイツに課されたものを挙げよ
- 141920年に発足した、国際平和のための機関は?アメリカが不参加で弱体
- 15国際連盟の設立を提唱したアメリカ大統領は?
- 16ウィルソンが1918年に発表したものは?
- 17国際連盟に参加しなかった大国は?
- 181929年、アメリカから始まった世界的な不況は?ファシズム台頭の背景
- 19アメリカが世界恐慌に対して行った政策は?
- 20ニューディール政策を実施した大統領は?
- 21イギリス・フランスが自国と植民地で経済圏をつくった政策は?持たざる国の不満を招く
- 22イタリアでファシズム政権を樹立した人物は?
- 23ドイツでナチ党を率いた人物は?
- 24ヒトラーが政権を握った年は?
- 25ヒトラー政権が国際協調から離脱するために行ったことは?
- 26ソ連で五カ年計画を進めた人物は?
- 271919年、朝鮮で起きた独立運動は?
- 281919年、中国で起きた反日運動は?
- 29インドで非暴力・不服従を唱えた人物は?独立運動の象徴
- 301921年から翌年、軍縮などを話し合った会議は?
- 311928年、戦争を放棄することを約束した条約は?
- 321938年、ドイツのズデーテン地方併合を認めた会談は?宥和政策の典型
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。

第一次世界大戦と戦間期の一問一答【Aランク・32問】
- 1サライェヴォ事件で暗殺されたのは?
- 2第一次世界大戦で、ドイツ側の陣営を何というか?
- 3第一次世界大戦で、イギリス側の陣営を何というか?
- 4三国同盟から離脱し、協商国側で参戦した国は?
- 5西部戦線で長期化した戦いの形態は?
- 6総力戦が社会に与えた影響は?
- 71917年3月、ロシアで帝政が倒れた革命は?
- 81917年11月、ボリシェヴィキが政権を握った革命は?
- 9ソヴィエトとは何を指すか?
- 10レーニンが打ち出した経済政策で、市場を一部認めたものは?
- 11ヴェルサイユ条約でドイツが失った地域は?
- 12ヴェルサイユ体制とは何を指すか?
- 13ワシントン会議で結ばれた、海軍軍縮の条約は?
- 141925年、ヨーロッパの安全保障を約束した条約は?
- 15世界恐慌のきっかけとなった出来事は?
- 16ニューディール政策で行われた公共事業の例は?
- 17ニューディール政策で労働者の権利を保障した法は?
- 18ブロック経済がもたらした問題は?
- 19ファシズムの特徴を挙げよ
- 20ムッソリーニが1922年に行った示威行動は?
- 21ドイツが第一次世界大戦後に成立させた共和国は?
- 22ヴァイマル憲法の特徴は?
- 23ナチ党が支持を集めた背景は?
- 24ヒトラーが1935年に行ったことは?
- 25ソ連の五カ年計画の目的は?
- 26ソ連の農業集団化で組織されたものは?
- 27中国で1921年に結成された政党は?
- 281924年、中国国民党と共産党が協力したことを何というか?
- 29ガンディーが行った抵抗運動の例は?
- 30トルコ共和国を建国した人物は?
- 311931年、日本が中国東北部で起こした軍事行動は?
- 321936年、スペインで起きた内戦は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。
第一次世界大戦と戦間期の一問一答【Bランク・32問】
- 1第一次世界大戦前、バルカン半島で対立した勢力は?
- 2三国協商が成立した背景は?
- 3第一次世界大戦の犠牲者数はおよそどれくらいか?
- 4ドイツが西部戦線で用いた作戦計画は?
- 51916年、長期の消耗戦となった戦いを挙げよ
- 6イギリスが中東で行った、矛盾する3つの約束を挙げよ
- 7ロシア革命後、レーニンが出した布告を挙げよ
- 8ソヴィエト政権に干渉するため各国が行ったことは?
- 9ソ連で計画経済が採用された理由は?
- 10ヴェルサイユ条約でドイツの賠償金はいくらとされたか?
- 11ドイツで1923年に起きた経済混乱は?
- 12ドイツ経済を安定させた1924年の計画は?
- 13国際連盟の弱点を挙げよ
- 14国際連盟の本部はどこに置かれたか?
- 15ワシントン体制とは何を指すか?
- 16世界恐慌が各国に広がった理由は?
- 17世界恐慌で最も失業率が高まった国の一つは?
- 18ニューディール政策の理論的支柱となった経済学者は?
- 19ブロック経済の代表例を挙げよ
- 20ファシズムが台頭した国に共通する事情は?
- 21ヒトラーが全権委任法で得たものは?
- 221936年、ドイツが行った条約違反の行動は?
- 23スペイン内戦で共和国政府を支援した組織は?
- 24スペイン内戦で勝利した勢力の指導者は?
- 25ソ連の五カ年計画が世界恐慌期に注目された理由は?
- 26スターリンが行った政治的な弾圧を何というか?
- 27中国国民党を率い、北伐を行った人物は?
- 28インドで自治を求める運動の目標を何と呼んだか?
- 29ムスタファ=ケマルが進めた改革を挙げよ
- 30中東で委任統治領とされた地域を挙げよ
- 31ミュンヘン会談で示された、譲歩によって戦争を避ける方針を何というか?
- 321939年、ドイツとソ連が結んだ条約は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。

第一次世界大戦と戦間期のポイント

なぜ大戦が起きたのか
サライェヴォ事件はきっかけにすぎません。背景には構造的な対立がありました。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 同盟の対立 | 三国同盟と三国協商が二分 |
| 植民地をめぐる競争 | 帝国主義的な対立 |
| バルカン問題 | 民族対立が絡み「ヨーロッパの火薬庫」に |
| 軍拡競争 | 各国が軍備を増強 |
総力戦:戦争が社会を変えた

この戦争は、軍隊だけでなく国全体を動員しました。
| 変化 | 内容 |
|---|---|
| 女性の社会進出 | 男性が出征し、女性が工場で働く |
| 女性参政権 | 戦後、多くの国で認められる |
| 国家の役割拡大 | 経済や生活を政府が統制 |
| 植民地の動員 | 兵士や物資を供出させられる |
ヴェルサイユ体制の問題点

戦後の秩序には、最初から弱点がありました。
| 問題 | 内容 |
|---|---|
| ドイツへの過酷な条件 | 巨額の賠償金が経済を圧迫し、不満を生む |
| アメリカの不参加 | 提唱国が国際連盟に加わらなかった |
| 連盟の制度的な弱さ | 全会一致制/軍事的制裁の手段がない |
| 民族自決の限定 | ヨーロッパ以外にはほぼ適用されず |
世界恐慌:協調が崩れる

1929年、ニューヨーク株式市場の暴落から世界的な不況が始まります。
各国の対応は分かれました。
| 国 | 対応 | 特徴 |
|---|---|---|
| アメリカ | ニューディール政策 | 公共事業で需要をつくる |
| イギリス・フランス | ブロック経済 | 自国と植民地で経済圏をつくる |
| ソ連 | 五カ年計画 | 計画経済で成長を続ける |
| ドイツ・イタリア・日本 | 対外進出 | 植民地が少なく、外へ活路を求める |
ブロック経済が、持たざる国の不満を高めました。市場から締め出された国は、自ら勢力圏をつくろうとします。これが侵略につながりました。
ファシズムの台頭:なぜ支持されたのか
ファシズムが広がった国には、共通する事情があります。
| 事情 | 内容 |
|---|---|
| 経済の打撃 | 恐慌で失業者が急増 |
| 体制への不満 | 既存の政党が問題を解決できない |
| 戦後処理への不満 | ドイツは賠償金、イタリアは領土への不満 |
| 植民地の少なさ | ブロック経済に対抗できない |
ヴァイマル憲法は当時最も民主的とされました。それでもナチ党の台頭を防げなかった点は、民主主義を考えるうえで重要です。
ヒトラーは全権委任法で議会を経ずに立法する権限を得て、独裁を確立しました。
宥和政策:なぜ止められなかったのか
ドイツが再軍備し、周辺国への進出を始めても、英仏は強く出ませんでした。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| 戦争への恐れ | 第一次世界大戦の惨禍が記憶に新しい |
| ヴェルサイユ体制への疑問 | ドイツへの条件が過酷すぎたという認識 |
| ソ連への警戒 | ドイツを共産主義への防波堤と見た |
| 国内の経済問題 | 恐慌への対応で手一杯 |
アジアの動き:独立への模索
| 地域 | できごと |
|---|---|
| 朝鮮 | 三・一独立運動(1919年) |
| 中国 | 五・四運動(1919年)/国共合作 |
| インド | ガンディーの非暴力・不服従/塩の行進 |
| トルコ | ムスタファ=ケマルによる共和国の建国 |

間違えやすいところ
| まぎらわしい組み合わせ | 区別のしかた |
|---|---|
| 三国同盟/三国協商 | 独・墺・伊/英・仏・露 |
| 二月革命/十月革命 | 帝政の打倒/ボリシェヴィキの政権掌握 |
| ヴェルサイユ体制/ワシントン体制 | ヨーロッパ/アジア太平洋 |
| 国際連盟/国際連合 | 第一次大戦後/第二次大戦後 |
| ニューディール/ブロック経済 | アメリカ/英仏 |
| ムッソリーニ/ヒトラー | イタリア/ドイツ |
| 三・一独立運動/五・四運動 | 朝鮮/中国。どちらも1919年 |
| ロカルノ条約/不戦条約 | 1925年・欧州の安全保障/1928年・戦争の放棄 |
| ドーズ案/ヤング案 | どちらもドイツの賠償問題の調整 |
2つの革命は月で区別してください。「二月=帝政が倒れる」「十月=ボリシェヴィキが政権を握る」です。
覚え方のコツ
「なぜ戦争を防げなかったか」で追う
| 試み | 限界 |
|---|---|
| 国際連盟 | アメリカ不参加・制裁手段なし |
| ワシントン会議 | 軍縮はしたが対立の根は残る |
| 不戦条約 | 違反への罰則がない |
| 宥和政策 | 譲歩が侵略を招いた |
いずれも「仕組みはあったが、実効性がなかった」という共通点があります。
恐慌への対応で国を分ける
| 持てる国 | 持たざる国 |
|---|---|
| 英・仏(ブロック経済) | 独・伊・日(対外進出) |
| 広い植民地がある | 植民地が少ない |
| 自国の経済圏で対応 | 外に活路を求める |
この対立が、次の戦争の構図になります。
年号は6つだけ覚える
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1914年 | 第一次世界大戦の開始 |
| 1917年 | ロシア革命 |
| 1919年 | ヴェルサイユ条約 |
| 1929年 | 世界恐慌 |
| 1933年 | ヒトラーの政権掌握 |
| 1939年 | 第二次世界大戦の開始 |
腕試し:ランダム10問
ここまでの内容が身についたか確認してください。順番をシャッフルし、1問ずつ表示します。スワイプでも進められます。
- 1ソヴィエトとは何を指すか?
- 2ヒトラーが政権を握った年は?
- 3ブロック経済がもたらした問題は?
- 4サライェヴォ事件で暗殺されたのは?
- 5第一次世界大戦で、国の資源を総動員した体制を何というか?
- 6ソ連で五カ年計画を進めた人物は?
- 7アメリカが世界恐慌に対して行った政策は?
- 8第一次世界大戦のきっかけとなった1914年の事件は?
- 9ヒトラー政権が国際協調から離脱するために行ったことは?
- 10トルコ共和国を建国した人物は?
数日あけてから、もう一度この一覧に戻ってきてください。
×が3問以上あった場合は、Sランクに戻ってもう一度確認してください。間違えた問題を放置しないことが、世界史でいちばん効きます。
よくある質問
サライェヴォ事件だけが大戦の原因ですか
きっかけにすぎません。背景に構造的な対立がありました。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 同盟の対立 | 三国同盟と三国協商が二分 |
| 植民地の競争 | 帝国主義的な対立 |
| バルカン問題 | 民族対立が絡む |
| 軍拡競争 | 各国が軍備を増強 |
同盟関係があったため、局地的な事件が世界規模に拡大しました。
総力戦とは何ですか
軍隊だけでなく、国全体を動員する戦争です。
工場は軍需品を生産し、政府が経済や生活を統制します。男性が出征したため、女性が工場で働くようになりました。
その結果、戦後に多くの国で女性参政権が認められます。戦争が社会のあり方を変えた例です。
ヴェルサイユ体制の問題は何ですか
| 問題 | 内容 |
|---|---|
| ドイツへの過酷な条件 | 巨額の賠償金が不満を生む |
| アメリカの不参加 | 提唱国が国際連盟に加わらず |
| 連盟の弱さ | 全会一致制・制裁手段がない |
| 民族自決の限定 | ヨーロッパ以外にはほぼ適用されず |
「勝者が敗者を罰する」性格が強く、安定した秩序にはなりませんでした。
世界恐慌はなぜファシズムにつながったのですか
持てる国と持たざる国の差が開いたからです。
イギリス・フランスは広い植民地を持ち、ブロック経済で対応できました。しかしドイツ・イタリア・日本は植民地が少なく、市場から締め出されます。
失業と生活苦のなか、既存の政党が問題を解決できないと見られ、強い指導者を求める空気が生まれました。
ヴァイマル憲法は民主的だったのに、なぜナチ党が台頭したのですか
複数の要因が重なりました。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 経済の打撃 | 恐慌で失業者が急増 |
| 賠償への不満 | ヴェルサイユ条約への反発 |
| 政党への失望 | 既存政党が問題を解決できない |
| 合法的な手続き | 選挙で議席を伸ばし、全権委任法で権限を得た |
民主的な制度のもとで独裁が生まれたという点は、民主主義を考えるうえで重要です。
宥和政策はなぜとられたのですか
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| 戦争への恐れ | 第一次世界大戦の惨禍が記憶に新しい |
| 条約への疑問 | ドイツへの条件が過酷すぎたという認識 |
| ソ連への警戒 | ドイツを共産主義への防波堤と見た |
| 国内問題 | 恐慌への対応で手一杯 |
譲歩すれば戦争を避けられると考えましたが、結果は逆でした。ミュンヘン会談がその典型です。
なぜアジアで独立運動が高まったのですか
大戦への協力が、独立への期待を高めたからです。
植民地の人々は兵士や物資を供出しました。しかし戦後、民族自決はヨーロッパにしか適用されません。
「協力したのになぜ独立が認められないのか」という不満が、運動を強めました。
次はどこを勉強すべきですか
次は第二次世界大戦と冷戦です。世界史シリーズの最終回になります。
この記事で見た「戦争を防ぐ試みが失敗した」経験が、戦後の国際連合につながります。国際連盟の弱点をどう克服しようとしたかに注目してください。




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